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新潟家庭裁判所三条支部 昭和57年(家)587号 審判

申立人 幸田栄子

主文

新潟県三条市長は昭和五七年七月一八日付をもつて、夫幸田上之進(本籍新潟県三条市大字○○×××番地、昭和九年三月三〇日生)と妻幸田初枝(本籍新潟県三条市大字○○×××番地、昭和一五年三月一四日生)との間の離婚届を受理せよ。

理由

第一申立の趣旨

主文同旨。

第二申立の理由の要旨

申立外幸田上之進(以下、上之進という。)は申立外幸田初枝(以下、初枝という。)を相手どり離婚の訴を提起し、昭和五七年七月一六日東京地方裁判所で成立した和解で上之進と初枝は協議離婚することに合意し、同日両者は協議離婚届を作成した。上之進は右離婚届を申立人に交付してその届出を依頼し、申立人は松下茂を使者として昭和五七年七月一八日午後五時頃届出をしたところ、三条市長は初枝から昭和五七年五月六日付で離婚届不受理願が提出されるという理由で同月二一日不受理処分とした。しかしながら上記和解は不受理願の後である昭和五七年七月一六日に成立したもので、これによれば初枝が上記届出の日に届出意思を有していたことは明らかであるから、本件不受理処分の違法性は明らかである。因みに上之進は上記届出の翌日である昭和五七年七月一九日に死亡している。なお申立人は上之進の姉であつて、上記和解の内容として上之進が初枝に対し負担した和解金支払義務について連帯保証を約している関係上、本件不受理処分の当否について利害関係を有している。よつて戸籍法一一八条により本申立に及ぶ。

第三当裁判所の判断

一  本件記録及び調査結果ならびに当庁昭和五七年(家)第七二五号・第七二六号親権者変更申立事件、第七六四号・第七六五号後見人選任申立事件の各記録によれば、次の事実を認めることができる。

1  申立外幸田上之進(昭和九年三月三〇日生)と申立外幸田初枝(昭和一五年三月一四日生)は昭和

三九年五月一八日婚姻し、長男保之(昭和四〇年一月二五日生)・二男進次(昭和四三年四月三〇日生)を儲けたが、その後夫婦仲は不和となり、昭和五三年以来上之進は右二子を引き取り、初枝と別居するに至つた。

2  上之進は昭和五七年当初初枝を被告として新潟地裁三条支部に離婚の訴を提起し、同事件は初枝からの移送申立により東京地裁に移送された(東京地裁昭和五七年(タ)第一六〇号)。

3  東京地裁での昭和五七年七月一六日の口頭弁論期日に原告上之進、被告初枝、及び各訴訟代理人並びに利害関係人としての上之進の実姉である本件申立人が出席のうえ、下記条項の訴訟上の和解が成立した。

(一) 原告と被告は、本日、原・被告間の長男保之、二男進次の親権者を原告と定めて協議離婚することに合意し、その旨の離婚届書を作成のうえ、その届出を原告に託した。原告は、速やかに右届出をする。

(二) 原告は、被告に対し、和解金として金一、三〇〇万円支払うものとし、これを次のとおり分割して支払う。

(イ) 本日、金七〇〇万円を支払い、被告はこれを受領した。

(ロ) 昭和五七年一二月末日限り金六〇〇万円を被告代理人○○○法律事務所(東京都中央区○○×丁目×番×号○○ビル×階××号室)に持参又は送金して支払う。

(三) 利害関係人幸田栄子は、被告に対し、前項(ロ)の金六〇〇万円を原告と連帯して支払う。

(四) 原告は、被告が、長男保之、二男進次に面接交渉することを妨げない。

(五) 当事者双方は、本和解条項に定めるほか他に何ら債権債務のないことを相互に確認する。

(六) 訴訟費用は、各自負担とする。

4  右和解の席で初枝は上之進より右和解金の一部である七〇〇万円を受領し、その直後東京地裁民事部書記官室で、上之進および初枝は離婚届書にそれぞれ自分で署名・押印(但し初枝は印鑑を持参しなかつたので上之進が持参していた印鑑を使用した。)し、証人には初枝の訴訟代理人の○○弁護士及び申立人の使用人松下茂がなり、離婚届が作成された。

5  ところで初枝は昭和五三年四月以来八回にわたり上之進との離婚届不受理申出書を三条市長宛に提出し、昭和五七年五月六日にも右離婚届不受理申出(不受理期間終了日昭和五七年一一月六日)を三条市長にしていたのであるが、前記和解の席上及び協議離婚届作成当時、初枝が協議離婚届の不受理申出をなしていたことは初枝からは全く話に出なかつたし、上之進もこれには全く気がつかなかつたし、不受理申出書を提出しているかどうかの確認もしなかつた。

6  上之進は前記のとおり作成された協議離婚届を申立人の使用人である松下茂に託し届出を依頼し、右松下は昭和五七年七月一八日(日曜日)午後五時ごろ右離婚届を三条市役所の当直者に提出し、同日午後五時一七分右離婚届は受け付けられた。

7  上之進は翌一九日午前六時四七分東京都で死亡した。

8  前記離婚届が受け付けられた翌一九日朝申立人は三条市役所から初枝からの不受理願が出ているので届出の受理を留保している旨の連絡を受け、申立人は上之進の訴訟代理人○○弁護士に連絡し、右代理人から裁判上の和解にもとづいて届書が作成され、明日二〇日に和解調書を提出できるので、不受理処分は留保するよう三条市役所に依頼した。

9  しかし三条市長は七月一九日付で初枝の離婚届不受理申出(不受理期間終了日昭和五七年一一月六日)の理由により本件離婚届出を不受理とした。

10  初枝は昭和五七年七月一九日に離婚届不受理願の撤回届を自分で署名押印して作成し、これを三条市役所に郵送し、右撤回届は七月二二日同市役所に到達した。

11  初枝は本件離婚届が受理されることを前提として昭和五七年九月一三日当庁に前記二子の親権者変更の申立をなし、本件申立人も同月二七日当庁に右二子の後見人選任の申立をしている。

二  申立人は前記の和解条項にあるとおり、上之進が初枝に対し負担した離婚に関する和解金支払義務について連帯保証人となつており、本件離婚届の不受理処分の当否について申立の利益を有している。

三  そこで本件離婚届の不受理処分の当否について判断する。

昭和五一年一月二三日民二第九〇〇号法務省民事局長通達第一項によれば、離婚届の不受理申出を受け付けた後に提出された離婚届はこれを受理しないものとする、とされている。また同日民二第九〇一号民事局第二課長依命通知第六項及び別紙注意事項六によれば、この不受理の取扱いをしなくなるのは、不受理期間満了以外には、不受理申出人が自分で署名押印した取下書の提出があつた場合だけであると解される。即ち、右通達通知によれば、不受理申出の撤回は取下書の提出以外にはありえず、取下書の提出がない限り、届出を受理しないものとしている。本件離婚届は、先に初枝から提出された離婚届不受理申出の不受理期間内に提出されたものであり、右離婚届の受付の時点及びその届出の受否の審査の時点には、未だ初枝からの右離婚届不受理申出の取下書が三条市役所に到達していない以上、三条市長が本件離婚届を不受理にした処分は、当時としては前記通達通知に基づいてなされた当然の措置といえる。

しかしながら、戸籍法一一八条に基づく不服申立事件の審判は、市町村長の処分の当否を処分時を基準にして判断するものではなく、審判時までに現われた一切の資料をもとに、実情に即して当該申立の当否を判断することができると解されるところ、本件においては、(イ)前記のとおり上之進及び初枝双方が、本件離婚届書作成の時点及びその届出の時点において離婚の意思及び届出の意思を有していたことは明らかであり、従つて初枝が離婚届不受理申出を撤回する意思を有していたことも明らかであつて、協議離婚の実質的要件の存在は認定できること、(ロ)離婚当事者の一方である上之進が本件離婚届の受付後不受理処分前に死亡しており、離婚届不受理申出の取下書と共に改めて協議離婚の届出手続をなすことは不可能であること、(ハ)前記通知別紙注意事項五によると「不受理の取扱いをすることについて市区町村・法務局からの質問又は出頭依頼をする場合がありますので、確実な連絡先を記載してください。」との記載があるが、本件のように地方裁判所の裁判官の面前での和解により当事者双方が協議離婚することに合意し、それに基づいて離婚届が作成され、その旨市役所側に申し出ているような場合には、先に離婚届不受理申出をした一方当事者がその申出を撤回する蓋然性が強い場合であるので、このような場合には未だ不受理申出の取下書が提出されていなくても、離婚届の受否決定を保留し、右注意事項5の趣旨から監督法務局に指示を求めるなり、不受理申出人に申出の意思を改めていないか否か、不受理申出の取下書を提出する意思があるか否かを確認する取扱いを法律上の義務とはいえないとしても行政サービスとして行うことはできないわけではないと思われること等を考慮すると、本件離婚届は届出のなされた昭和五七年七月一八日付をもつて受理されるのが相当であると認める。

よつて、本件申立の理由があるので、これを認容することとし特別家事審判規則一五条により主文のとおり審判する。

(家事審判官 平谷正弘)

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